サッカーいろいろ: 2009年4月アーカイブ

(モンテディオ山形SNS monnetからの転載です)

メディアの日本代表に対するスタンスの違いを捕らえた記事を紹介。
その是非は別として、愛国心を揺さぶる形で日本代表の試合を実況するメディアへの批判が述べられている。
http://diamond.jp/series/sports_opinion/10050/

実際のところ、今回のワールドカップは日本にとって甘甘な出場枠と言われている。本大会に出られなかったら出られなかったで、この国のスポーツ文化が持つウィークポイントを見つけ出して行けばいいと思っているし、明るい未来を導き出すためには、寧ろ冷静な面があってもいいと自分は思う。

そうそう、WBCもね、みんな騒ぎすぎだと思っている。実際に中継は見ていたし、無関心ではなかったけど、興味はあっても手を叩いて喜ぶまでの気持ちには至らない。

大会規模や方式、野球の普及規模の問題もあるし、何にしろ第一回大会の時期に偶然アメリカに居たのだけど、中継を手がけている筈のESPNですら、NCAAバスケットボールの地域大会の報道一色で、殆どWBCのニュースが存在しなかった。その後、準決勝・決勝のあたりに日本に帰ったら日本がWBCの情報一色になっていたことに、酷く違和感を感じたことも影響していると思う。

文化の源流が異なる多様な国同士の共通の話題になり得ていない中、日本(と一部の国)だけの喧噪に、「日本人の孤立感」を感じてしまったのだろう。

アメリカの冷静さ具合は分かり切っていることだけど、初期のワールドカップもイングランドが参加していなかったり、参加国が少なかったから、今のWBCと同じみたいな感じだったんだろうなぁとも感じる。

WBCが30年、40年続いた時に初めて価値が判断されるのではないかと思う。だからこそ、今後も10年単位で冷静にWBCなるものを見ていこうと思う。

30年、40年経って、サッカー並みとは言わずとも、クリケットと同じくらいに野球が普及していればいいんだけどね。


こんなに2つの日本代表にあまり感情移入出来ず、冷静な自分を自己分析してみよう。

まず、自分はナショナリズム以前に自己同一性の確立には地域主義が有るべきだと思っているので、ナショナリズムにまで思いが及んでいないのだと思う。
自分は自分で地元愛が原点にあってそこから抜け出すことが出来ない。

自分が地元愛を原点においている理由は別の機会に書くとして、もちろん日本代表には勝って欲しいけどさ。でも、あまりもの冷静さに周りの人間からは、非国民と揶揄されたことがある。

サッカーの代表戦に行くことはあるが、バックスタンドでマッタリ見ているのもそんな志向が影響しているのだと思う。日本代表を応援している仲間も多いし、それ自体を否定するつもりはないし、尊敬しているよ。それだけは誤解しないでくれ。

更に言うと、自分は原理主義的な物の見方が出来ないこともあるのだろう。原理主義一般に言えるのだろうけど、「日本人だから」日本を愛さなくてはいけないという言説は、国粋主義として自分は解釈するし、思想の多様性の否定だと思っている。そして、その言説自体について、自分は論理的解釈が全く出来ないので、受け入れられないのだと思う。

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